以下、「続きを読む」で、相変わらずの長い(笑)ネタバレ感想です。
冒頭の文章にあるように、心と心が通い合うにあたって、障害として立ちふさがる「扉」。その「扉」を巡る物語を、「鍵」を持つ側の祐巳の方から(というかその祐巳をとりまく登場人物達の視点から)綴られる前編「キーホルダー」と、扉の向こう側から何故鍵をかけていたのか、また、扉が開かれるとしたら、その鍵穴はどんなものかというのが綴られる瞳子視点の後編「ハートの鍵穴」からなる一冊となってます。この巻だけでも感動したし、続刊への期待値の高まりっぷりが凄くてあっという間に2度読み返しましたよ。
●キーホルダー
まずは祐巳側の感想からいきますけど、何やら、祐巳が少し達観したというか、ステップアップしたのがこの「キーホルダー」ではこれでもかと綴られます。乃梨子、祥子さま、由乃の視点から見た祐巳……という形で語られるんですが、
乃梨子:その時乃梨子は、近くにいるのに祐巳さまが急に遠くなったように感じられた(P26)
祥子さま:掲示板から離れていたわずかな間にいったい何があったのだろう。戻ってきた祐巳は、人波をかき分けて出て行った時とは、明らかに表情が違っていた(P28)
由乃:「祐巳さん、一人で大人にならないでよ」(P92)
と三人とも、何か祐巳が変わった、ステップアップしたのを感じ取っています。そして、本巻のクライマックスで瞳子に向かって「その場で百数えなさい」と、何というか、非常に優れた対応を取っていることからも、実際何かしらレベルアップしてるようです。ついにストライク祐巳誕生でしょうか。掲示板から離れて乃梨子と会話した少しの時間の間、祐巳の中で何が変わったのかは具体的には明かされませんし、今後解答編的に明かされる類のトピックなのかもしれませんが、少しだけ変化後の祐巳の考えが分かる箇所はあります。一つは、バレンタイン企画の相談中に由乃に口にしたり(P65)、クライマックスで瞳子にも口にしたように(P172)、「次元が違う」という言葉を使うようになったこと。もう一つは、とにかく瞳子への感情は、「聞きたかったこと」の、
「瞳子を、好きですか」
「好きだよ。大好き」
少しの迷いもなく、祐巳さまは答えた。
の、シーンに収斂されていること。
これらから思うに、祐巳が持つ(ホールドしている)「小さな鍵」は、瞳子の家の事情、なんで生徒会選挙に立候補したか、さらには今巻の出生の秘密、そういうのを無化して、祐巳の言葉を借りるならそんなものは次元が違うものとして、ただ単純に瞳子が好きというストレートな「好き」なんじゃないでしょうか。瞳子の家の事情を柏木さんに聞きにいこうか迷って結局、それではダメだと判断した『くもりガラスの向こう側』とも合致しますし、何というか、僕の好きな車田正美の『ビートエックス』という作品に、哲学者同士のバトルのクライマックスに「愛とは何だ?」という問いかけに味方哲学者が「無償の優しさではないか……」と見開きで答えるシーンがあるんですが、そんな感じの愛情。母親が子を想う気持ちに通じるモノがありますし、そう考えると、出生の秘密が心の負荷になってる瞳子の扉を開けるのにはこの上ない鍵というようにも思えます。なんで、普通は物語上キャラ同士の「好き」という感情が成立するまでには、「どうして好きになったのか」という理由を描くのが基本的な作劇だと思うんですが、こと祐巳→瞳子感情に関しては、あんまり理由を描かないのが「素」の形なんですよ。何ものにもこだわらず、捕らわれず、ただ、「素」で瞳子が好き。それが、祐巳→瞳子感情なのではないかと今回感じました。
●ハートの鍵穴
そして次に瞳子側からの感想ですけど、もう、これは読んでてハートが揺さぶられます。素直になれよとか、ありきたりの言葉なんですが、もう、自分の本心に、自分に向けられてる優しさに、気付けよと。おまえは身をゆだねていいんだよと。自分のかざした刃で自分を傷つけるのはもうやめろと、抱きしめたくなるような切なさと愛おしさですよ。
本心はもう、
思えば、いつもどこかでしまい込んだ感情が「ここから出してくれ」と叫んでいた気がする。
ここにいるよ。
気付いてよ。
何も考えてないわけじゃない。
見えてない。聞こえていない。そんなふりをしているだけなんだから。(P114)
の悲痛な叫びに込められてるように、「自分を必要だと言って欲しい」に決まってるんですね。バックボーンには両親の本当の子供じゃなかったという心の負荷があって、それゆえに存在肯定を求めてるかのような心情だと思うんですが、そんな素の自分の本心を、「同情されるのだけは絶対に嫌」とか、「ギブ&テイクだから他人を不幸にしてまで自分だけが幸せになっちゃいけない」とか、そういった自分自身で勝手に振りかざしてる刃で自分を傷つけてるがゆえに、本心をストレートに解放できない、鍵が差し込まれても素直に相手を信じて扉を開けてやることができないんですね。
だけど演劇部の部長が見透かしてるようにそれは凶器を自分で振り回して傷ついているだけだし、柏木さんも見透かしてるように(今回の柏木さんは本当カッコよかった。メンターポジション?)、
「違う。お前は信じないと言いながら、心の中では信じたいと思っている。逃げながら、追いかけてくれるのを待ってるんだ」
「そうしていつまで逃げ続ける。そのうち疲れて、誰も追いかけてくれなくなるぞ」(P150)
といった状態なんですね。
お父さんの「瞳子からは既に沢山貰ってる」という言葉も真実なのに、自分を傷つけることに慣れすぎて、そんな言葉も、「だったらどうして瞳子が必要だと言ってくれないのだろう」とマイナスに裏返ってしまう。家族も、本当に本心から瞳子に未来を押しつけたりしたくなく、心から愛してるから「好きに生きていい」と言ってくれてるのに、それが「必要とされてないんじゃ」に裏返して捕らえてしまう。もう、どんどん、一人孤独にマイナスの穴に落ちていくだけ。
そうして、どんどん孤独になっていく、扉を閉めてしまっていってる瞳子の前に、クライマックスで祐巳が現れるわけですよ。そんな瞳子が抱えてるもの全てを無化して、ただ無償に瞳子が好きという鍵を持った祐巳が。
まさに、扉の鍵穴に祐巳の小さな鍵が差し込まれ、あとは瞳子次第……というクライマックス中のクライマックス、P170の、
どうしてなのか、祐巳さまが用意している答えはわかっている。でも瞳子はそれを信じきれない。だから、差し出された手を取れない。広げられた腕の中に飛び込んでいけない
のシーンは痺れました。あと一歩、瞳子の方から信じて扉を開けるだけなのに、まだそれができない。
結局、再び瞳子は自分で凶器を振りかざし、「誤解」という最悪の形で祐巳を退けてしまうのですが、そこからが熱かった。
「同情された」という瞳子が最も嫌悪する、そう感じる度に自分を傷つける祐巳が放ったと思った刃は「誤解」だった。演劇部の部長が言ってた通り、今回も祐巳は丸腰だった。同情されたという勘違いで傷つけた自分の体と、祐巳も祥子さまも去っていってしまったかのような孤独でさらに傷つけられボロボロになった瞳子に、最後の最後に、ギリギリで手が差し伸べられます。その主がなんと乃梨子。
「銀杏の中の桜」「ロザリオの滴」以来、最大級の扱い、最大級のキーパーソンとして乃梨子…キターーー(>▽<)。
今巻前半では、瞳子視点からは「見限られたのもしかたない」なんて勝手に思って、思いながら“胸の中にまた空洞を感じ”ていた乃梨子ですよ。確かに、柏木さんの言う通り、そのうち疲れて誰も追いかけてくれなくなるのかもしれない。だけどまだ、追いかけてきてくれる乃梨子がいた。まだ、やり直せるかもしれない。これはかなり感動的ですよ。実際、これまで瞳子と祐巳の間でつねに一番二人を気にしていた乃梨子。乃梨子がんばれ。瞳子、外の世界を信じろ……という所で、ついに「くもりガラス」を開ける準備について、「仮面」を外す準備について、「扉」を開ける準備について、それらの向こう側にいた孤独な人物側から「意志」が感じられた所で次回へ。頑張れ瞳子、頼むよ、祐巳。
◇以下、今巻のピコポイント
・瞳子=ジョアナ、祐巳=ベスの暗喩について
個人的には今回でほぼ答えが出たかなと。
やさしい手はいらない。私は、ベスの抱いてる哀れな人形(ジョアナ)じゃないから(『図書館の本』「ジョアナ」より)
瞳子が自分を傷つけてる要素の一つ「絶対に同情はされたくない」という強い気持ちがこう言わせていたのだと。瞳子の解釈だと、ジョアナは同情されてる哀れな人形なのね。だけど本当は、ベスは心からジョアナのことが好きだったから一緒にいたのに……今の瞳子はそれに気づけない。そういう話なんだと。瞳子、祐巳は本当にただ瞳子のことが好きなんだよ!
・違う『好き』なのね
祥子さまと柏木さんの物語はここらで着地ということなのでしょうか。柏木さんの「言わぬが花」の相手は気になる。既キャラで柏木さんとそういった話で関わりがあるのって、男なら祐麒、女なら聖さまくらいしか思い浮かばないんですけど、さてはて。
・「ただ、乃梨子の隠したカードを探したかっただけで」(志摩子さん)
ホワホワ!ホワホワ!志摩子・乃梨子好きにはたまらないワンシーン。特に今の所課題がない志摩子さんのファンサービスシーンにも取れます。でもサイン会の時、好きなキャラ「志摩子さん」で投票してきました。すいません、緒雪先生、これからも一巻に一場面くらいこういうのお願いしますm(_ _)m
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