以下、『マリア様がみてる』新刊『あなたを探しに』の、相変わらずの長い(笑)ネタバレ感想です。
今回はちょうど作中1年前のファーストデートトライアングルを彷彿とさせる祐巳、由乃、志摩子の三人の物語を中心とした三面構成が取られているので、それに従って3つに分けて感想を書きたいと思います。三人三編に、それぞれサブタイである『あなたを探しに』がかかってるのは、読了済みのコアな読者の方としてはすでに気付いてる部分でしょう。「あなた」という一つのシニフィアンが、三者三様にそれぞれ異なったシニフィエに響く、相変わらず技アリのサブタイトルです。
●由乃と田沼ちさとさんの物語
由乃が探した、というか意識して探してたわけじゃないけど、結果的に見つけたことによって探してたことになった「あなた」は、ズバリ、「本当の田沼ちさとさん」。
地味に、僕が何度もあげてる次のマリみて内の人間関係発展段階表の、第一段階からの離脱が描かれた、まさにマリみて作中で何度も繰り返されてきた物語のテンプレートにのっとった、古くからのファンも安心のお話でした。これから由乃も前に進んでいくにあたって、一つマリみて的に原点回帰的な話を入れてみた感じ?マリみて人間関係発展段階表はこれです↓(この表の詳しい説明は、マリみて初読時に書いたこの記事を参照)。
第一段階:お互いをお互いのイメージでしか知り得ていない段階
第二段階:お互いがお互いを知ってるがゆえに依存し合ってしまう段階
第三段階:お互いに自立しながら助け合える段階
こんな感じで、まだまだ由乃的にはちさとさんは令ちゃん狙いだったちょっと嫌な娘で、ちさとさん的には未だに由乃はコスモス文庫が趣味だったなんて思ってるというように、第一段階の人間関係だった二人が、デートを通してそこから離脱して、一つステップアップした人間関係(まあ友情と言ってもいいでしょう)を結ぶ話。色々思い出しますね。『黄薔薇革命』ではまさに祐巳視点からのイメージ先行の由乃さんを描くギミックとしてコスモス文庫ネタが使われたわけですが、ここに来て再びそれを持ってきましたよ。『黄薔薇革命』時点で祐巳と由乃が結べた関係に、ようやく由乃と田沼ちさとさんもたどり着けたというお話ですね。
イメージ先行の田沼ちさとさんではなく、このエピソードを通して本当の田沼ちさとさんを由乃が見つける話だったというのは、次の箇所に顕著です。
「令さまには悪いけれど、一年前よりずっと。あの時、私は自分をよく見せようとして、偽物の自分を連れていってしまったのね。でも今日は本当の私だったから、心から楽しめたんだと思うの」(田沼ちさと)(P187)
本当のあなた、見つけた!という場面ですね。美しいです。
そして、この令さまとのデートの記憶を上書きしたという由乃と田沼ちさとさんのお話が、黄薔薇物語の主軸だった由乃の令さまからの自立の物語にかかってます。デート前、不在者投票の開封作業で、もはや自分は令さまの答えを探していなかったことに気付いてしまう由乃(前巻『クリスクロス』の感想で書いた通り、カードの隠し場所は、隠す側からしても、見つける側からしても、当人の「心」を暗喩している)。探していたのは、有馬菜々の答え。
『仮面のアクトレス』の「黄薔薇真剣勝負」で(感想はこちら)、既に令さまと菜々の試合中に菜々のことだけを考える由乃が描かれ、何よりそのエピソードのファイナルシーンの2行にて、由乃の令さまからの自立が成立したのは描かれていましたが、ここに来て改めて、です。不在者投票の開票でも令さまよりも有馬菜々を求め、その後も帰結としては、
どうせ令ちゃんは来てないし、寒いしで。(P83)
と令さまの不在を理由に剣道部を休んでた由乃が、菜々の、
「私は、いくらでも由乃さまとデートできますもん」(有馬菜々)
の言葉を聞いて剣道部に励むようになるというお話が描かれ、剣道の動機にしても、令さまから菜々へ……という形で、完全に由乃の令さまからの自立が描かれる運びとなりました。
そんな流れから、今巻の物語のラストは、昔の由乃と同様(悪い風に言えば)令さま依存に陥ってた田沼ちさとさんと、令さまとのデートを上書きするという行為を通して二人の令さまからの自立という運びで、二人揃って令さまへのリベンジとして、令さま抜きでも如何に楽しかったかを令さまに報告に行くという帰結。その先に待ってるのは、
明日になるのが楽しみだった(P191)
という、楽しい未来なわけで。
いいお話でした。令さまからの自立を、別離的な悲哀ベクトルでまとめるのではなく、あくまで明日に向かって前向きにまとめてくれました。根底に流れる明るさ、それが黄薔薇物語。
●志摩子さんと井川亜美さん&江守千保さんの物語
ここの物語も、「探して」見つけた「あなた」は、本当の井川亜美さんと本当の江守千保さん。入れ替えトリックという、わりとミステリ形式大好きの緒雪先生らしいギミックを使って、そこから本物を同定してあげるというお話でしたが、そういうミステリ的エンターテイメント要素の他にも、今巻のこのお話で注目したいのは、山百合会(&薔薇の館)の敷居の高さにまつわるお話。
水野蓉子さまの夢から始まって、近刊では祐巳がその夢を引き継いで、山百合会は一般生徒からすれば敷居が高い(悪く言えば)特権階級的な場ではなく、普通の生徒一般に解放された「開かれた」山百合会に方向として向かってるお話が一つ最近のマリみてのお話の軸にあるのですが、今巻の志摩子さんストーリーもそのラインの物語を受けたお話だったのだと解釈。結局、井川亜美さんと江守千保さんも、敷居が高い(そこにあるのは、やはり上述した第一段階の難関であるイメージの壁)山百合会に邪魔されて、今回はこんなあやうく友情が破綻しかけるお話に突入しかけちゃったわけでしょ。
志摩子さん視点から、
敷居が高くて玄関の前で入りあぐねている生徒の姿も、志摩子はこれまで結構見てきた。(P128)
の一文が入るのが、象徴的。勿論、思い出されるのは、『無印』冒頭で、まさに敷居の高さから薔薇の館の前で佇んでた祐巳なわけで。
このラインの物語は、たぶん物語冒頭で敷居が高い「閉ざされた」薔薇の館の前で佇んでいた祐巳が、最後には薔薇さまとして「開かれた」薔薇の館で新たな一般生徒を迎え入れる絵に辿り着くまでの物語だと思っております。そんな、祐巳ラインのお話と思われた物語に、今回で(おそらく)志摩子さんが参戦。
そうやって思い返してみれば、『無印』で、薔薇の館の前で佇んでた祐巳を最初に館の中に招き入れたのは志摩子さんです。そこまで踏まえた上で再構築して、志摩子さんにこのテーマで祐巳を助ける人という役割を与えたのだとしたら、本当によく考えられて作られてる物語だなぁと思いますね。いずれにしろ、今回のエピソードで思う所があったであろう志摩子さんの、今後の物語に期待です。
●祐巳と瞳子の物語
これが、今までのマリみての物語を十全に踏まえていて、読み込んでるコアファンには涙もののストーリーでした。
まず言うまでもなく、このお話で祐巳が瞳子と一緒に「探し」に行って見つけたものは「瞳子の心」なわけですが、この妹の心を見つける姉という構図が、『涼風さつさつ』を踏まえているのだということにコアファンは気付きたい所(感想はこちら)。
「お姉様は、それを見つけて下さいますか」
祐巳は答えて欲しかった。奥に隠れている大切なもの、それが祐巳を祐巳たるものにしている何かだとしたら、それを迷わず見つけられる、と。(『涼風さつさつ』より)
そして、『涼風さつさつ』で見事に祥子さまはパンダの外装という障壁を無化して祐巳の心を見つけるワケですが(この辺り、最近出たOVA3rdシーズン『涼風さつさつ』の感想も書いてるので、興味ある方は読んでみて)、それをリフレインするように、今回、ついに「くもりガラス」「仮面」「大きな扉」といった比喩で表現されてきた障壁を無化して(この言い方は適切ではないですね。瞳子の方から開けられるように、祐巳が優しく鍵を差し込んで……かな)祐巳が、瞳子の心を見つけるワケですよ。
寄りかかった扉が、ガタンゴトンと揺れている。ガラスの向こう側で、景色が走る。<中略>この旅の目的地で待っているのは、きっと瞳子ちゃんの心なのだ。(P148)
「扉」、「ガラス」、全て、『くもりガラスの向こう側』や『大きな扉 小さな鍵』で表現された、祐巳と瞳子を隔てていたものの比喩です。ついに、それらが瞳子側から取り払われる時が来ました。
思うに、『大きな扉 小さな鍵』で描かれた、瞳子の「絶対に同情はされたくないけど、誰かに分かって欲しい」という心の負荷を取り除いてまで、祐巳が瞳子の心の扉を開けることができたのは、やっぱり『大きな扉 小さな鍵』の時の感想でも書いたけど、瞳子を包む様々な環境、負担を全部無化して、ただ一点、素で「瞳子が好き」ということだけに特化した、祐巳の無償の優しさなんだろうなぁ。「小さな鍵」の正体は、
瞳子ちゃんが瞳子ちゃんであればいい(P181)
の祐巳視点からの一文に全て詰まっているように思います。
そんな鍵を差し込まれた瞳子が、ついに、「同情されたくない」とか、実の両親ではない両親に感じてる愛情ゆえに苦しまなきゃいけなかった心の負荷とか、全てかなぐり捨てて全部祐巳に打ち明けるワケですよ。
瞳子ちゃんも、目を細めてほほえんでいる。二人は並んでしばらくその場に留まった。それは、いつまでも見ていても見飽きることのない、幸福な光景だった。(P175)
という、「幸福な光景」が描かれることの無かった、瞳子自身と、実父母と、育ての父母との哀しいお話を。
そんな瞳子の告白を聴きながら、祐巳が優しく瞳子を抱きしめた所で「扉が開いた」のが感動的でした。ついに、誰かに分かって欲しかった瞳子の心を、見つけてくれて、そのまま包み込んでくれる祐巳の存在が。
そして、それとシンクロして描かれる祐巳の柏木さん超え。
柏木さんの言った言葉が甦る。祐巳はフッフッと息を吐いて、その幻想を振り払った。<中略>その決心の前で、受け止めるとか受け止めないとかいう議論は、まったくの無意味なのだった。(P181)
「受け止める覚悟を決めた」と強い言葉に自分を酔わせて柏木さんから瞳子の事情を聞いていたら、瞳子が扉を開けてくれることはなかった。『薔薇のミルフィーユ』にて祐巳より一歩先んじてるさまが描写されてた柏木さんだけど、結局、柏木さんのスペックよりも次元の違う立ち位置に立つ形で瞳子を救いあげたのは祐巳という結末。なんて書きつつも、柏木さんも色々と祐巳を、瞳子を導く役割を一生懸命果たしてくれたので、勝ち負けの問題では無いんですが、ここで一言柏木さんに触れてくれていたのがとにかく熱かった。柏木さんを超える形で祐巳が瞳子を救いあげたわけですが、それには柏木さんの優しさや尽力もあったからこそなわけで。ああ、とにかく、色んな意味でこのシーンは温かいです。皆の善意が、紡がれてここまで来た感じ。
そして、ラストシーンは、
「辛いことも、悲しいことも、全部含めて楽しいと、そう言える月日を積み重ねていくのだ。」(196)
として、瞳子が白地図に重ねてネガティブに捉えていた未来を「楽しい」と捉える祐巳に見守られながら(ちなみにこの部分も、『子羊たちの休暇』での祐巳の「楽しいですよ。本当です。辛いことも悲しいことも楽しんでるんですよ」の台詞を受けてのもの。上の文の頭に祐巳が祥子さまとそうしてきたように。の一文が入る通り、今回の物語は、ありったけ祐巳と祥子さまのこれまでの物語を踏まえた内容になっています。リリアン女学園という舞台にて連綿と流れる時間の中で、何度も繰り返しながら紡がれていく人間関係の絆というのを一つ描いてる、マリみてスピリットを色濃く表現した技法だと思われます)、ようやく祐巳のおかげで重荷を外せて安心して眠ることができるようになった瞳子の絵で引き。
緊張がゆるんだのか、しゃべり疲れたのか、瞳子ちゃんは隣で安らかな寝息をたてている。
瞳子よかったね・゚・(ノД`)・゚・。
◇
マリみて既刊全部のありったけを詰めて、主人公である祐巳の妹物語のクライマックスを描いてくれた大満足の一冊でした。
よくやった、祐巳。
◇
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どこまで的確に分析してくれているのやら。
感服しました。
「あなたを探しに」は紅だけに限ったことではない、というのは言われてみれば納得です。
その上で、やはり祐巳&瞳子の話がメインではあるのでしょう。
瞳子の扉を開く鍵=「瞳子ちゃんが瞳子ちゃんであればいい」という境地。
たしかにそう、受け止める覚悟とかの次元ではないんですね。
そういえば、薔薇の色も状況も違いますが、前白薔薇さまこと佐藤聖さまが志摩子さんを妹にした時も同じような描写がありました(「片手だけつないで」)。
そんなことを思い出してみたり。