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ハピネスチャージプリキュア!第34話「ひめ大活躍!?盛り上げよう!はじめての文化祭」の感想です。
今回の見所ベスト1。
第1位:ひめはひめなりに
『ドキドキ!プリキュア』第32話「マナ倒れる!嵐の文化祭」(感想)が本歌になっていたと思われる今回。
・みんなの元を回る生徒会長が機能不全に。
・街の人ポジション(今回はひめ、『ドキドキ!』の時は二階堂君など)の人が立ち上がり、みんなで作った入場ゲート(『ドキドキ!』の時はキャンプファイヤーのやぐら)を守る。
というのが同じ。
ずっと、『ハピネスチャージプリキュア!』は『ドキドキ!プリキュア』からちょっと文脈を継いでいて、「幸せの王子」と「街の人」の話からすれば、「街の人」側により焦点をあてて、彼・彼女らが立ち上がっていく様がポイントになってる話なのだろうとは度々書いておりました。
で、今回の前半パート。ひめが学園祭の色々な所に赴いてお手伝いしようとするのですが、そこでは上手く行かないわけです。そこは、「街の人達を助けて回る幸せの王子」だった相田マナさんのようにはいかない。良い意味で、ひめは「幸せの王子」ポジションの人間ではない、というパートかと思いました。
続く生徒会長といっしょに学園を回りながらポスターを張っていくパートは、ひめが生徒会長から元気を貰っている点で、やっぱり「幸せの王子」の愛とかパワーが伝導して、「街の人」ポジションが元気になる、という流れ的。
そういう方向で、「街の人」ポジションが立ち上がって、リソースが追加されていけば世の中の困難も乗り越えていけるんじゃ……みたいなのが『ドキドキ!』〜『ハピネスチャージ』の文脈だと思うのですが、いよいよ生徒会長さんがサイアークにされてしまい、「街の人」ポジションのひめ、立ち上がる時。
「私一人じゃ非力」
「私が持っている勇気の力は少ない」
ひめ自身が相田マナさん的な「幸せの王子」といった類の凄い人間ではない、というのが繰り返されます。だけど、そんな「街の人」が、「街の人」なりのヒーローとして立ち上がれたなら、世界は変わるはず。
ここに、物語冒頭では引きこもり状態だったひめが、今話では学校の友人たちに積極的に話しかけられるようにまでなってる描写がリンク。全員助けて回ったりできなくても、自分なりの能力(ファッションセンスというか、今回ポスターのバランスを見たりゲートをデコレートしたりな能力とか)でやれることをやるようになってる描写がリンク。今話のひめは、「幸せの王子」ではないけれど、確実に立ち上がった「街の人」としてのヒーローでありました。
「皆の笑顔があれば、無限大の力になるの」
相田マナさんのような「幸せの王子」的な人が愛を散布すれば、「みんな」が元気になる。「みんな」が立ち上がって笑顔になれば、今度はそのみんなの笑顔的なものを動機に、ひめのような弱かった人間も一人でも頑張りたいと思うようになる。立ち上がるようになる。そんなひめがネクスト「幸せの王子」的にまでなれば……以下エンドレス。『ドキドキ!』理論、また進展す。
一方、子供の頃とか、昔のイノセントだった頃の「純真性」との再契約という最近のテーマからすると、今回はナマケルダさんが印象的でありました。学園祭でビジュアル系バンド。若気の至りだけど、それはそれでブルーとクイーンミラージュ様に昔はあった純真な気持ち(この前は疑似的にいおなさんと海藤くんの初動の気持ちでも描かれたりしていた)とかと、同じ類のもの。
これは、終盤ではナマケルダさんも純真性と再契約して、バンド再結成してほしい。バンドだ! やっぱり近年の創作作品の一つの方向は、厳しい世界で大人になっても『放課後ティータイム』やってやるよ的勢いなんだ!(くわっ)
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→前回:ハピネスチャージプリキュア!第33話「わたしもなりたい!めぐみのイノセントさがし!」感想へ
→次回:ハピネスチャージプリキュア!第35話「みんなでおいしく!ゆうこのハピネスデリバリー!」の感想へ
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