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『ヒーリングっど♥プリキュア(公式サイト@東映/公式サイト@朝日放送)』第22話「ラテ逃げないで!消える体と芽生える気持ち」の感想です。
ネタバレ注意です。
「好き」に関する見解がとても良かったです。
「好き」という感情(衝動)に関して、アスミさんに語るのは沢泉ちゆさん。
ここの、二人の「好き」に関するやり取りがめっちゃ良かった。
「ちゆ、何故、失敗してばかりなのに、そんなに何度も飛ぶのですか?」(風鈴アスミ)
「それは、私がハイジャンプを好きだから」(沢泉ちゆ)
「好き? 美味しくも、温かくもないのに?」(風鈴アスミ)
「ええ。練習はハードだし、失敗もするけど、私はハイジャンプが好き。どうしたら上手く飛べるのか。もっともっと高く飛びたいって、いつも考えてる。この気持ちは止めようと思っても、止められない。好きって、きっとそういうものよ」
自分という存在の内側からくる、止められない衝動、のような感じでしょうか。
しかも、ちゆさん、ここでは「ハイジャンプ」というある程度具象性がある概念を対象に語っていますが、第8話「とべないちゆ!?陸上大会 大ピンチ!」によると、己の存在を賭して目指しているのは、「海と空が溶け合った、あの青い世界」ですからね。
哲学的なのか何なのかさえよく分からない。
「好き」という衝動の向かう先が、抽象的な概念なのがカッコいい。
アスミさんの「ラテ様が好き」は、まだ具体的な存在(しかも生物だし)が対象な分、ある程度分かりやすい。
しかし、ちゆさんは……。
沢泉ちゆさんは……その、なんかヤバイ子(え)ですね。
全体としては、誕生したばかりの精霊ゆえに、人間の感情も含めて地球のことがまだよく分からないアスミさんが、言葉を、感情を理解していく……受け取っていくパートがしばらく続くようです。
今回が「好き」で、次回が予告からすると「かわいい」なのでしょうか。
その上で、「好き」のような、一般的な感覚では前向きなものと理解しそうな感情、言葉に関して、後ろ向きなものも含めた、「両義的」なもの(同時に存在しているもの)として描いていく。
「そんなに悲しいのね、アスミは」(沢泉ちゆ)
「好き」と表裏一体にある「悲しい」を無かったことにしないのは、『スイートプリキュア♪(感想)』で最終的にノイズ様の音楽である「悲しみ」も、世界にあるものとしてなかったことにしない、むしろ響さんも持っているものとして描いたのを思い出したりします。
その流れで作中キーアイテムの「すこやかまんじゅう」が出てくる辺り、本作での「すこやか」っていうか「健康」みたいなのは、ポジティブパワーで元気全開! みたいな方向だけを押すのではなく、悲しみとかそういう一見マイナスなものに捉えられがちなものも含めた、「全体」性的なものでありそうです。
うーむ、「すこやか」とか「健康」とか、考え始めると色々深い。例えばですが「悲しい」という感情が完全に欠落した人間が「すこやか」・「健康」かって言われるとちょっと違うかもとは思うのですね。
そもそも、主人公ののどかさんが当初は病弱だったということで、その上で病気だった自分をなかったことにするといった方向というよりは、病気だった自分もそれはそれとして前提とした上で、じゃあ元気全開とかではない感じなりに、どう生きていくかみたいな話なのかなと感じます。
「がんばりたいけど(病弱で)頑張れないのはつらい」が、過去ののどかさんとラテ様とで重ねて描かれていると思われる最近ですが、のどかがラテ様に共感できるのは病弱であった時間があったからこそですし、今回でも、「悲しい」という感情も知っているアスミの方が、知らないままのアスミよりは豊かで美しいと思ったりするのでした。
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『ヒーリングっど?プリキュア』第1話。気持ちがいいという感想。一流の料理人が丁寧にダシを引いたり、素材に下味をつけたり、面倒な工程を当たり前にこなすように、プリキュアの第1話のために必要な高次元の工程をしっかりとやる一流の人達による創造で、こういう仕事は触れるだけで気持ちがいい。
— 寂しいシロクマ(相羽裕司)/仙台市太白区 (@sabishirokuma) February 2, 2020
→前回:ヒーリングっど♥プリキュア/感想/第1話〜輪廻と地球と人体の循環を遠景に再び「犠牲を出さない世界」に挑む(ネタバレ注意)
→次回:『ヒーリングっど♥プリキュア』第23話「かわいいってなんですか?アスミと子犬物語」の感想へ
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