相羽です。

 『ひろがるスカイ!プリキュア(公式サイト@東映公式サイト@朝日放送)』第1話「わたしがヒーローガール!?キュアスカイ参上!!」の感想です。

 ネタバレ注意です。
 ◇◇◇

 物語論的には、「構造と実存」の二つが充実しているところから物語の「輝き」が生まれるという視点がひとつあります。

 「構造(主人公たちを取り巻く世界)」が広大で深淵であればあるほど、その「構造(世界)」の中に投げ出された「実存(登場人物)」の輝きに視聴者は目を引かれるのです。広い宇宙の暗闇の中で、輝く星の光を美しいと思うように。


●『ひろがるスカイ!プリキュア』の「構造(主人公たちを取り巻く世界)」について

 ざっくりとは「スカイランド」と「ソラシド市」で、比喩的には「天上世界」と「地上世界」であろうと思われます。

 もう、「神話」ですね(笑)。

 日本神話の高天原から神様が地上に降りてくる的な話をはじめ、世界中の神話にみられるモチーフです。

 僕的に(世間的にも)タイムリーな『FGO』第2部第7章「Lostbelt No.7 黄金樹海紀行 ナウイ・ミクトラン 惑星を統べるもの」で扱われていたマヤ・アステカの神話なんかも、重層構造の天上世界&重層構造の地下(冥界)世界という世界構造です。

 我々の世代では『聖闘士星矢』で馴染み深いギリシャ神話も、オリュンポス(ざっくりとは天上世界)の神々に地上の人間、そしてハデスが支配する冥界という世界観です。

 で、『ひろがるスカイ!プリキュア』、冒頭で遊覧鳥が「スカイランドのお城」と言っていてソラはさらなる外部から訪れているので、王国とかお姫様の文脈が作用してるのはその「お城」近辺で、「スカイランド」自体はもっと広大であると思われます。やっぱり、神様的な存在もいるのでしょうか。ワクワクしますね……。

 加えて、上記「神話」の文脈から、「地下(冥界)世界」に相当するものも出てこないと不自然かな、と感じます。OP映像の中に、カバトンが出てくるところでなんか「穴に降りていく」ニュアンスの映像がありますし、カバトンの勢力は何らかの「地下(冥界)世界」関係ですかね……?


●「神話」の構造を持ってくる『プリキュアシリーズ』的な意味は?

 プリキュアシリーズは、物語論的に「構造(主人公たちを取り巻く世界)」を広げていく歴史でもありました。

 ざっくりとだけでも、……


・『ハグプリ』(感想
 →「世界」に未来の世界とか「時間」の広がりを持たせる。

・『スタプリ』(感想
 →「世界」を「宇宙」の範囲まで広げる。

・『デパプリ』(感想
 →「世界」を「死生観」まで広げる(死後の世界のおばあちゃんとの関係が物語の重要なファクターになっている)。


 ……とかあるのですが、その流れからいくと本作『ひろがるスカイ!プリキュア』は「世界」を「神話」の範囲まで広げる、ということだと思います。ここでいう「神話」には「虚構」、人間が生み出した精神、空想の産物、というニュアンスを含みます(後述)。

 では、「神話」的な射程にまで広がった「構造(主人公たちを取り巻く世界)」の中で、主人公・ソラの「実存」はどのように光るのか?


●『ひろがるスカイ!プリキュア』の「実存(登場人物)」について

 子供の頃に助けてくれた憧れのヒーローを志向して「ヒーロー」たらんとする、ソラ・ハレワタールさんという主人公。

 彼女にとっての「ヒーロー」は、「マクシム(自分との約束)」というかたちで物語冒頭では描かれています。

 荒廃した世界で最低限の倫理を守るには、正義は相対的どころか混沌としてるかもしれないが、せめて自分との約束を守ることに正義性(倫理性)を見出したい……みたいな話のやつです。

 近年の「物語」と「マクシム」の関係については、昨年大ヒットしたアニメ(物語)『リコリス・リコイル』に絡めて書いてる「ねざめ堂」さんのこちらの記事がおすすめです。↓


参考:『リコリス・リコイル』感想 \気靴気鮖峺しない不埒な魅力/ねざめ堂

参考:『リコリス・リコイル』感想 ∪気靴気鮖峺しない千束の「マクシム」/ねざめ堂


 カバトンのおなら攻撃、末法の世の感じがしますね。人心乱れてる感じがしますね(笑)。メタフィクション(現実も念頭に置いた創作)的には、初期プリキュアシリーズを観て育った子供が大人になって直面する、理不尽な他者、世界、そんな象徴でもありそうです。

 そんな末法の世だからせめて、「相手がどんなに強くても、正しいことを最後までやり抜く、それがヒーロー」というソラの、彼女の「マクシム(自分との約束)」だけは守りたい。それを、せめてものこの人心乱れた混沌とした世の中での、自分の軸としたい……。

 一方で、彼女の「私のヒーロー手帳」に書かれていた「マクシム(自分との約束)」は「虚構」的だ、という描かれ方もしています。

 上記した「神話」=「虚構(的)」の構造といい、ソラと虹ヶ丘ましろが出会った時にお互いを「夢」と認識しようとする、ED映像のペンで描かれたような「虚構」的なキャラクターたち……と、何かと「虚構」性も前に出してきている作品です。

 「私のヒーロー手帳」に書かれたソラの「マクシム(自分との約束)」、ペンで書いてきた「虚構」的かもしれないけれどそれに近づこうと努力してきた、「空の上を怖がっていたらヒーローは務まらない」「ヒーローは泣いてる子供を絶対に見捨てない」「絶対ヒーローになる」……は、大人の世界・「現実」世界では、笑われ、破り捨てられます。

 カバトンさん、嘲笑し、手帳を破り捨てる。あ、これ、『5』(感想)1話でギリンマさんがココの夢をバカにしたやつ……。


 「力のないヤツは、ガタガタ震えて、メソメソ泣いてればいいのねん」(カバトン)


 子供の頃にヒーローに憧れて頑張ってみたが、「現実」では「力」の前に踏みにじられかけていた……。リアルの方でも考えてみるなら、お金の力かもしれないし、権威の力かもしれないし、今ならフォロワー数とかの力かもしれない。

 「現実」は力だ……

 と、彼女の「マクシム(自分との約束)」が踏みにじられそうになった時、

 彼女、ソラ・ハレワタールは、「現実」で立ち上がる。

 正しいことをして、おうちに帰る。「現実」でもだ。

 「現実」の「力」の前に破り捨てられてしまい、地面に落ちた手帳のページに描かれてた、彼女の「虚構」的な「マクシム(自分との約束)」─「相手がどんなに強くても、正しいことを最後までやり抜く、それがヒーロー」が、「現実」の立ち上がろうとするソラの姿と一致した時だった。

 ソラの胸の中にあったペン(昔観ていた『プリキュアシリーズ』から受け取っていた「ヒーロー」の心の象徴?)が再び力を貸してくれる。

 エルちゃんからの「プイキュア〜」の「呼称」がソラと一致する。

 「プリキュア」は、「虚構」で「ヒーロー」で「現実(かもしれない)」だ!

 かくして、ソラさんプリキュアに変身。ヒーローの出番です!


●『ひろがるスカイ!プリキュア』の「構造(主人公たちを取り巻く世界)」と「実存(登場人物)」について

 時間、宇宙、死、神話、「世界」はこんなにも広い中で、光っているのは「私」という「実存」です。

 子供の頃に憧れた「ヒーロー」像は「虚構」として一笑にふされて「現実」の中で力で打ちのめされる末法の世になっていたけれど、胸の中にはまだ光っている「ヒーロー」像がある。混沌の世を生きていくにあたって指針に定めた、自分の「マクシム(自分との約束)」がある。だから、破り捨てられたとしても、また(「現実」でも)立ち上がってみせる(ただ、ましろが手に触れて感じたように、心は震えながら)。

 「プリキュアシリーズ」といえば「愛と勇気」ですが、「勇気」のニュアンスが強いかなと感じた第1話でありました。起点は、心の中でまだ光を放っている昔日に「虚構」からもらった「勇気」。「ひろがる」「世界(構造)」の中で、自分の中にある「勇気(これが、昔観ていた「プリキュアシリーズ」から受け取ったもの、というニュアンスに思われる)」と、もう一度どう一致していくのか(それは、子供の頃・ゼロ年代初期の頃とはまた違う大人になってきたなり、2020年代の今なりのものとなるはず。つまり、第1話で掲げられたマクシムは崩壊の危険性を常に抱えていることも含めて)みたいな、「プリキュアシリーズ」20周年作品としてふさわしいと思うワクワクする「物語」の始まりでありました。

 『デリシャスパーティプリキュア』もすごかったですが、今作もすごそうです。今年も、『ひろがるスカイ!プリキュア』と、ソラさんと共に歩む一年が始まったのでした!

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→前回:『デリシャスパーティプリキュア』最終回の感想〜複数系統のリソース・複数の世界に基いた無限の世界観で結び合う「大ごはん共同体」が生まれて広がっていく
→次回:『ひろがるスカイ!プリキュア』第2話の感想〜時空、時間、運命、広大な世界で出会った二人が新しい手帳にこれからの物語を描いていくへ
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