20260510tanpre15eyecatch

相羽(シロクマ)です。

『名探偵プリキュア!』第15話「森亜るるかの秘密」の感想です。

ネタバレ注意です。
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物語全体でも大きい意味があるであろう、明智あんなと森亜るるかのやり取りがなされた今話。

「写真のるるかさん。笑ってた」

と、伝えるあんなに対して、るるかは、

「自分の意志でファントムにいる。私が決めたこと。あなたと同じ。自分の一歩は自分で決める」

と返します。

このやり取りが、物語全体のテーマとして、なぜ重要であるのか?


1. 「本来の自分」というテーマはたとえばペルソナを駆使するニジーをとおして描かれている

前提として、『名探偵プリキュア!』という作品では、これまで「本来の自分」というテーマを積み重ねて描いてきたということがあります。

これは、「本来の自分」の対照概念である「他の誰か的な自分」と合わせて考えると分かりやすくて。

たとえばニジーはペルソナ(仮面/変装)を駆使して「他の誰か的な自分」として世渡りしますが、どこかでそういう仮面や変装を取り払った「本来の自分」を受け入れてくれる「居場所」を探している、という人物です。

90年代末の、全ての価値が効率・消耗品・複製品に還元されていく世の中の雰囲気の中で、世間に合わせて「他の誰か的な自分」となって普段は生きているのですが、彼の譲れない一線として、効率度外視でプリキュアにこだわってみせる時、彼はいっとき「本来の自分」に戻ります。

「本来の自分」である時、その人物の選択は他人や周囲に依拠するものではなく、自分自身の選択になっているという点で、「本来の自分」は「自分軸」の時であり、「他の誰か的な自分」は「他人軸」の時である、とも言えます。

「他の誰か的な自分(他人軸)」として生きていた人物が、何らかの浄化的な出来事を経て、「本来の自分(自分軸)」に少し戻る……というのは、『名探偵プリキュア!』という作品のカタルシスポイントにして、これまでの話数で繰り返されてきた(詳しくは後述)一つのフォーマットです。

では、この「本来の自分(自分軸)」と「他の誰か的な自分(他人軸)」のテーマにおいて、今話の明智あんなと森亜るるかのやり取りは、どういう意味合いのものだったのか?


2. 今話の明智あんなと森亜るるかのやり取りが「本来の自分」の在りかをめぐる問答になっている

あんなの、

「写真のるるかさん。笑ってた」

は、写真の笑ってるるるかさんの方が「本来の自分(自分軸)」で、今のキュアアルカナ・シャドウとしてファントムに加担しているるるかさんは、「他の誰か的な自分(他人軸)」なんじゃないの?



だったら、私はるるかさんが「他の誰か的な自分(他人軸)」から「本来の自分(自分軸)」に戻るお手伝いをしたい、といったニュアンスです。

それに対して、るるかは、

「自分の意志でファントムにいる。私が決めたこと。あなたと同じ。自分の一歩は自分で決める」

と、いいや、ファントムにいるキュアアルカナ・シャドウの自分も、「本来の自分(自分軸)」です、と返しているのです。

「あなたと同じ」も燃えポイントで、主人公の明智あんなも、これまで一度「他の誰か的な自分(他人軸)」の状態になって、「本来の自分(自分軸)」に戻ってきた、という出来事を経験しています。

あんなとみくるのすれ違いが描かれる、第5話〜第6話の時ですね。

みくるとのすれ違いの深い部分での原因が、あんなが独りで1999年に来てしまった孤立感・悲しみが自分の中にあるのを自分で受容できず、一時高校生の姿のあんな(「他の誰か的な自分(他人軸)」)になったりしてみくるとの距離感を取り繕っていたところから、あんなが自分の弱い部分──自分が孤立感や悲しみを抱えていること──をみくるに打ち明けることをとおして、あんなは「本来の自分(自分軸)」に戻ってくる……というのが描かれていたのが、第5話〜第6話でした。

自分の弱い部分や、抱えてる悲しみといったことが、実は「本来の自分(自分軸)」と不可分だったりするのですね。

『名探偵プリキュア!』という作品における「本来の自分(自分軸)」とは何なのか? という結論をお伝えする前に、実際に本作はこういうテーマがある作品であるという補遺に、これまで描かれてきた「本来の自分(自分軸)」と「他の誰か的な自分(他人軸)」のテーマが色濃かったエピソードを印象的なものだけ簡単に振り返ってみますね。


3. 家入しるく、アゲセーヌ、繰り返される「本来の自分」と「他の誰か的な自分」というテーマ

いちばん分かりやすいのは第9話で、あんなとアゲセーヌが家入しるくのCM(シルキーアイス)のフォーマットを真似してる描写が入り、これは、家入しるくのマネをしてる時のあんなやアゲセーヌは、もちろん「他の誰か的な自分(他人軸)」です。

そこから、アゲセーヌが「家入しるくもまあまあイケてるけど、アタシの方がアゲアゲだし」という台詞を最後に残し、アゲセーヌには家入しるくのモノマネに回収されない「本来の自分(自分軸)」があるんだ、というのが示唆されるのが、第9話です。

アゲセーヌといえば、今回の第15話もですね。今話もアゲセーヌに関しては第9話の繰り返し的なテーマの描写になっていて、宇都美さんのカメラ、つまり他人のカメラを借りた「他の誰か的な自分(他人軸)」の状態では今ひとつ力を発揮できず、最後に「アゲが使ってるイケてるカメラなら勝てたのに〜」という台詞を残して、やはりアゲセーヌには「本来の自分(自分軸)」もあるんだ! というのが重ねて示唆されておりました。

ざっと、表にしてしまいましょう。

「本来の自分(自分軸)」──「他の誰か的な自分(他人軸)」

自分のアゲなカメラを使うアゲセーヌ──宇都美さん(他人)のカメラを使うアゲセーヌ(第15話)
家入しるくではない自分自身としてのあんなやアゲセーヌ──家入しるくのフォーマットに自分を当てはめてしまっているあんなやアゲセーヌ(第9話)
どこかにあるプリキュアにこだわることに反映されている本来のニジー──ペルソナ(仮面/変装)を駆使して他の誰かになって世渡りしているニジー
自分の中に悲しみも抱えていることを受容するあんな──悲しみを受容せずに取り繕っている時のあんな(高校生の姿になったり)(第5話〜第6話)
現段階ではまだ謎な本来の森亜るるか──キュアアルカナ・シャドウとしてファントムに協力するるるかなのか? 笑ってるるるかがむしろこちらなのか?


4. 結論:「愛」の存在である「本来の自分」をゆるし、生きてほしいという作品のメッセージ

最後に、現時点では予想ということになりますが、『名探偵プリキュア!』という作品で、物語全体のテーマとして重要な「本来の自分(自分軸)」を成立させている要素とは何なのか? 何を、作品のメッセージとして伝えようとしているのか?

結論から言って、それは「愛」だと思います。

前述の表の、左側には、どれもざっくりとは「愛」があると思います。

特に、親の愛、さらには母の愛。

「本来の自分(自分軸)」たる森亜るるかの側面が示唆される今話の放送が「母の日」であること。

たとえば、第10話は、母・クリスティーナの愛が(手作りのお菓子の思い出をとおして)娘(斉木萌絵)に伝わる話であったり、今話でも宇都美さんのカメラは親から受け継いだものである点。

つまり、「本来の自分(自分軸)」とは、あなたは「愛」から生まれた存在なんだということ。

あなたの弱さ、悲しみ、そういうのも含めて、あなたは「本来の自分」として、ありのままのあなたを祝福される存在として「愛」で生まれてきたということ。

「愛」が「本来の自分」を成立させる要素であり、その「愛」の存在であるありのままの自分をゆるすということが作品のメッセージであるということ。

オープニングで印象的な、それぞれの母に手を引かれる幼いあんなとみくるの絵も、そういったメッセージを反映している印象がありますよね。

興味深いのは、キュアアルカナ・シャドウのエピソードに入ってから、表の右側、「他の誰か的な自分(他人軸)」にいっときなっている時期も、受容されるようなニュアンスも作品として出てきてるということ(アルカナ・シャドウが、嘘も受容されるかもみたいな言動を度々してる)。

温かい予想としては、たとえばいっときペルソナ的に生きるニジーや、いっときキュアアルカナ・シャドウとして陣営としては敵対したるるかも、最後にはこの世界に生まれ落ちた存在として受容されるような、大きな「愛」に向かっていく作品だったらイイなと。


おわりに

1999年頃から、2026年の今になってもまだ続いているような、すべてが効率に還元されて消耗品であれと求められるのだから、フォーマットやカテゴリーやパッケージに合わせて自分ではない誰かとして生きろと圧をかけられてるような世界で。

優しく、大きな「愛」で本当は「本来の自分」を自分でゆるしていってイイんだという真相を解明していくかのような作品。

『名探偵プリキュア!』は、今後も楽しみなのでした。

(アイキャッチで使用した画像は『名探偵プリキュア!』第15話より引用)

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